■昔所有していたクルマが……
ここ数年クルマ好き界隈では、とある文言がよく聞かれるようになりました。そのフレーズとは、「あのとき売らなければよかった」。これは、昔その人自身が所有していたクルマが、今この令和の時代に高騰化しているから。今日まで所有していてこのタイミングで売却すれば、こんなに高いのに! カーガイがよく語る夢物語のひとつです。
昔とひと言でいっても、今回紹介するのはクラシックカーではなく、もっと近年のクルマたち。ネオクラシックと呼ばれる、1980年代から90年代の国産車についてです。
軒並み高騰し続けている国産車の旧車ですが、すべてのクルマが対象となっているわけではありません。高騰しているのは、いわゆる当時のハイパフォーマンスモデルたち。もてる技術をすべて注ぎ込み、メーカーが威信をかけて生み出したスペシャルモデルたちです。特に80年代から90年代にかけては、日本の景気が上向きになっていた背景からさまざまなクルマが登場しました。
■クルマとは別の世界で有名に
さて、ここからが本題です。なぜ今頃になって30年以上も前のクルマが高騰化しているのでしょうか。それはおもに以下の3つの理由が考えられます。
・高性能
・希少性
・北米の25年ルール
これらを解説するには、モデルになるクルマとその背景があるとわかりやすくなりますので、今回は日産のスカイラインGT-Rをピックアップします。
89年登場の「R32型」から始まった第2世代と呼ばれるGT-Rは、おもに日本国内でしか販売されていなかったドメスティックモデル。発売当初、“あのGT-Rの復活だ!”と国内では大きな話題になりましたが、海外にはあまり知られていないモデルでした。しかし、そのGT-Rがモデルチェンジをして、ちょうどR33型が販売されていた90年代後半に、状況は一変します。
クルマの世界とは少々離れますが、90年代後半といえばTVゲームの高性能ハードが続々と発売された時期でした。そこで登場したたった1本のソフトが、GT-Rをはじめとしたドメスティックスポーツカーを一躍有名にしてしまいます。そのソフトは、今でもシリーズが継続しているソニーのプレイステーション用人気タイトル「グランツーリスモ」。このソフトは世界的に大ヒット作となり、GT-Rの存在も世界中に知れ渡ることになりました。
その後急速に普及したインターネットや、映画などでGT-Rは世界中にその高性能ぶりを知られることとなりましたが、世界的な人気モデルとなったのは間違いなくグランツーリスモの存在が大きかったのです。
■いま見ても通用するほどの高性能
少々話は脱線しましたが、ネオクラシックの国産車が世界的に有名になった背景を知った上で、いよいよ今回の高騰化の話です。先ほど3つ挙げたポイントのまず1つ目、高性能という点から見てみましょう。これは、世界のトップを狙いにいったメーカー渾身のクルマが多かったということに関係しています。
高性能化を推し進めた結果、各社はフラッグシップとも呼べる高性能スポーツカーをラインナップするようになりました。先述のGT-Rや、ホンダ NSX、トヨタ スープラ、マツダ RX-7、三菱 GTOなどそうそうたるクルマたちが、80年代後半から90年代初めにかけ矢継ぎ早に投入されました。
特にエンジンの最高出力はみるみるうちに上昇。延々に続くと思われたパワーウォーズを終わらせるため、メーカー側が280psという国内自主規制を設けたのもこの頃です。
先述のスカイラインGT-Rしかり、自主規制枠いっぱいの280psとはカタログ上表記されていましたが、ちょっと手を加えるだけで簡単に300psオーバーの出力が出るクルマが多く存在しました。GT-Rやスープラが搭載していたエンジンは、500ps以上に耐えられるように設計された丈夫なエンジンブロックだともいわれています。
加えて、前後のトルク配分が可変する4WDシステムや、リアステア(4WS)などのハイテク装備が出し惜しみなく搭載されました。ナビゲーションシステムやサラウンドオーディオなどの快適装備も投入され、ハード面でもソフト面でも当時の最高技術が与えられたのです。
これらのハイパフォーマンスカーは、今でもその走行性能には目を見張るものがあります。現代のクルマと比べ軽量なボディに、300ps/400Nmクラスのエンジンを軒並み搭載し、駆動系は電子制御。まるで運転がうまくなったかのように、誰でも気持ちよく走れるクルマたちだったのです。海外でも人気が出ない理由は、見当たらないといっていいでしょう。
■生産台数が少ないがゆえ
しかし、これらの高性能車たちはひとつ大きな欠点がありました。どのクルマも販売価格が極めて高額だったことです。販売価格は、R32型GT-Rが登場当時で445万円ほど。NSXに限っては800万円を超えていました。そんな高額なクルマは、誰もが購入できるわけではありません。登場当初だけはそれなりに販売台数を稼ぎましたが、しばらく経てば極端に販売は落ち込みます。
ここで関係してくるのが、2つ目のポイントである希少性です。この話からわかるように、高性能車は高額であるがゆえ流通台数がそもそも少ないのです。GT-Rで例を挙げれば、普通のスカイラインは200万円台で購入できた時代(最廉価グレードが141万円)です。それを倍近い金額を出すわけですから、販売台数が少ないことにも納得できます。
これらの高性能車は、中古車市場でしばらく普通の相場で取引されていましたが、ある時から状況は様変わりしてしまいます。それが、最後に登場するポイントの25年ルールです。
■アメリカでの人気の高さが影響
25年ルールとは、アメリカ国内での販売ルール。正規でアメリカ国内に輸入されていない海外生産車は、登場から25年経たないと輸入できる許可が降りないという、アメリカ独自の法律です。ここに見事に合致してしまったのが、北米市場では売られなかったGT-Rだったのです。
先述の通り、ゲームや映画で有名になったGT-Rは、アメリカのカーガイからすれば羨望の的。いくら出しても欲しいという人が続出することになり、そういった人たちのなかで争奪戦が始まりました。
それを見越したアメリカの中古車バイヤーが、日本国内のR32型GT-Rを根こそぎ買っていきます。突然飛ぶように売れるようになったGT-Rは、そのうち販売価格がみるみる上昇。今では目も当てられない状況にまで高騰してしまいました。
この高騰の波は、GT-Rを発端にあらゆる高性能車やスポーツカーに波及。先に挙げた高性能車だけに限らず、トヨタ セリカGT-FourやMR-2、日産 シルビアや180SX、スバル インプレッサや三菱 ランサーエボリューションなど、比較的小型の高性能スポーツカーにまで及んでいます。こうしてネオクラシックの高騰化が始まり、現在至っているのです。
■ICE車が禁止されない限り
すでにクルマ好きでもない一般の人々にまで話が広まってしまった、ネオクラシックの高騰化。それだけ世間的に有名な話になっている、そのカラクリについて解説してきました。99年に登場したR34型GT-Rの25年ルールも解禁され、日本の市場からGT-Rはどんどん姿を消しています。GT-R以外のクルマも軒並み高騰化が進んでいますが、基本的にこれらのクルマは減る一方で、決して増えることはありません。ガソリンエンジン車が全面禁止にでもならない限り、この高騰化は今後ますます進むでしょう。
<文=青山朋弘 写真=日産/トヨタ/ホンダ/マツダ>